「終わり」と「始まり」の季節

シンです。まだ時折寒い日もあったりしますが、寒さも峠を越え、大分過ごしやすい気候になってきましたね。春も間近に感じられる季節になりました。
一方、弊社は今、一年で最も忙しい繁忙期の真只中です。毎日慌ただしい日々が続いていますが、私はなんとか今のところ風邪もひかず、体調を崩すことなく過ごしています。みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

ところで、今の時期、学校などでは卒業の季節。物事の一区切りの「終わり」といった場面ががあちこちで見られます。しかし、間もなく4月ともなれば、逆に学校では入学、会社では入社という「始まり」の時期を迎えます。
毎年、当たり前のように繰り返される、この「終わり」と「始まり」ですが、今年、私の身近で一つの「終わり」がありました。これが今回のお話のテーマです。それは私の家のすぐ目の前のスーパーの閉店です。

何しろ、同じ町内会で(笑)、家の窓から間近に見えるほど近くにあったスーパーなので、週に何度かは必ず通う、私にとっては生活になくてはならない存在でした。もっとも、夜は9時までしか営業していなかったので、今のような繁忙期には家に帰り着いた頃にはとっくに閉店していて、利用するのはもっぱら休日のまとめ買いでしたが。

いずれにしても、私の家の立地の好条件からは「JR駅徒歩10分」「広電電停徒歩5分」と並んで目玉の一つであった「スーパーすぐ近く」という項目は消えてしまったわけで、これからしばらくは買い物をするにも、ちょっと遠くまで足を運ばなければならなくなり、とても困っています。

スーパー閉店の大きな原因は、どうやら競合する他のスーパーの相次ぐ近隣への出店の影響のようです。閉店の知らせがあったのは2月の下旬頃と、かなり唐突で、店の前の貼紙で閉店の予告を見た時には、にわかには信じられないような気がしたものです。

しかし、一つのスーパーが消えるということは、中に入っている100均ショップなどのテナント、パートの従業員の雇用消失、多種多様な商品の取引先への影響、店舗の敷地内に設置されている銀行のキャッシュコーナーの廃止等、私が想像していた以上に多大な影響があるということを今回のこの閉店劇でつくづく感じました。

また、閉店が公表されてからのそのスーパーの店内は、明らかに以前と比べて陳列コーナーの空きが目立つようになり、それは週を追うごとにますます顕著になっていったように思います。本当に閉店が決まった店というものは寂しいばかりだとつくづく思いました。

閉店してしまった今さら考えても遅いことですが、もし、そのスーパーが、せめてあと2年ほど持ちこたえることができたら、閉店はしなくても済んだかも知れない気がします。なぜなら私の家の近くには大きな団地ができつつあるからです。団地ができれば、当然客足が増えることも期待できるわけで、かえすがえすも、この団地ができるのがもう数年早ければなあ、と残念な気がしています。

しかし、誰かが言ったように、一つの「終わり」は一つの「始まり」であるに違いありません。考えてみるとこのスーパーが入る以前(確か私が小学生のころですからもうかれこれ30年近く前のことだと記憶していますが)にもこの場所には別のスーパーがありましたし、間もなく団地が完成するのを見越して、何か別のお店が入るのは間違いないことだと思われます。

私にとっては、できれば別のスーパーが入ってくれれば、また以前のように買い物の便利が良くなってありがたいのですが、その「始まり」がいつ、どういう形で行われるのか、今はまだわかりませんが、この新しい「始まり」に密かに期待しているところです。

以上で今回の私のお話は終わりですが、私の周りで起こったように、みなさんの周りでも今の時期は特に、様々な「終わり」と「始まり」のドラマが起こることでしょう。願わくば悲しく寂しい「終わり」が新たな希望の「はじまり」に変わりますように。では、今回はこの辺で。

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