読書のススメ 「火星のプリンセス」

火星のプリンセス

シンです。
季節の移り変わりは早いもので、あれほど暑かった夏がウソのように、最近は涼しいのを通り越して朝晩は寒く感じる日も多くなりました。みなさん、かぜなど引かれてはいないでしょうね?
さて、前回の私のブログで、携帯型の電子辞書にテキストを転送して読むために、E-Pub形式の電子書籍をかなりの手間をかけてテキスト形式に変換しているというお話をしましたが、これほど面倒な変換までして電子辞書に転送して読みたかった電子書籍とは一体何なのか、と疑問に思われるかも知れません。そこで今回は、読書の秋でもあることですし、わたしのおススメの本をご紹介しましょう。

『火星のプリンセス』が何故か『ジョン・カーター』に!?

実は私はエドガー・ライス・バローズ(Edgar Rice Burroughs)のいわゆる火星シリーズ(英語ではBarsoom Series)の原書を読み始めたところで、最初のうちはe-Pub形式のものをAndroid Tabletで読んでいたのですが、前述したような辞書への不満から、電子辞書で読むことを思いついた次第です。

この作家の火星シリーズ11作品のうちの第1作が『ジョン・カーター(John Carter)』というタイトルで最近映画化されています。何でもディズニー110周年記念映画だとか。この第1作の原題は”A PRINCESS OF MARS”で、日本語にすると『火星のプリンセス』となるはず(日本語の翻訳本のタイトルもそうなっています。)ですが、それをあえて主人公の名前である「ジョン・カーター」に変えたのは、原作通りの題だと主人公が誰か分かりにくいからという理由ではないかと勝手に推測していますが、本当のところはどうなのでしょうか。

あと、バローズに関して言えば、火星シリーズの作者であることはご存知なくても、あの森の王者「ターザン(Tarzan)」の原作者であると言えばたいていの方はお分かりになるのではないでしょうか。

『火星のプリンセス』は、多くの人々を魅了したようです。その中には著名な映画監督のジョージ・ルーカスやジェームズ・キャメロンも含まれており、「スター・ウォーズ」や「アバター」などの作品にインスピレーションを与えたとも言われています。「ファインディング・ニモ」や「ウォーリー」などの作品で知られるアンドリュー・スタントン監督もまた、子供のころ『火星のプリンセス』を夢中で読んだ一人だそうで、原作のスケールから実現不可能と言われていたこの物語を、最新の映像技術と少年時代の情熱を注いで完成させた映画が「ジョン・カーター」なのだそうです。

あらすじ

ネタばれにならない程度に、映画の方のあらすじをごく簡単に説明します。南北戦争(1861~1865年)後のアメリカから火星へワープした男、ジョン・カーターが冒険をくり広げる活劇ものです。火星人自らにより「バルスーム(Barsoom)」と呼ばれている火星には4本の腕と緑の肌を持つ「緑色人」のサーク族や、地球人と同じ姿をしている「赤色人」のヘリウム王国とゾダンガ王国の一族が住んでいました。ジョン・カーターはサーク族の皇帝タルス・タルカスと出会って友情を交わし、ヘリウム王国の王女デジャー・ソリスと恋に落ちます。そしてゾダンガ王国との抗争に巻き込まれていくのです。

私も映画のDVDを観たのですが、映画と原作とでは設定などが異なる部分がかなりあり、時間の制約もあってか、原作の一部のみを映像化しているように感じました。
でも逆に、原作と映画の違いを見つけながら原作を読んだり映画を観たりするのも楽しいかも知れません。

「100年前の火星には空気も水もあり、火星人が住んでいた?」

今こんなことを書くと、一笑に付されるだけの話ですが、実際、バローズが『火星のプリンセス』を書きはじめた1912年頃の一般的な火星のイメージは、地球よりは薄いが空気があり、重力は地球よりずっと小さく、高度な文明を持つ火星人が住んでいるというものだったようです。

火星人が地球よりはるかに進んだ文明を築いていると考えられた理由には、実際の火星観測が関係していました。火星はおよそ15年ごとに地球に大接近します。1877年の大接近ではイタリアのジョバンニ・スキャパレリが火星を観測し、たくさんの筋状の模様を見いだし、スキャパレリはこれを「canali(水路)」と呼びました。この呼称が英語に翻訳された際、「canal(運河)」と誤訳されて伝わりました。

さらに、「運河を建設する高度な火星文明」という考え方を一般に広めたのはパーシバル・ローウェルです。資産家の彼は1894年にローウェル天文台を開設し、同年に大接近中の火星を観測しました。そして火星の「運河」を克明に記録し、翌1895年、『火星』という一般向けの本を出版しました。その本の中には運河とそれを作った文明について書かれており、火星人が大運河を建設したものと多くの人が信じるようになったのです。この当時、火星の極地には氷があり、1日の長さは約24時間、地軸の傾きも地球とほぼ同じで、したがって四季があることもわかっていました。ここまで地球の環境と似ていれば、生命体が火星にもいると考えるのはごく自然なことだったのでしょう。

火星人が登場するSF小説の先がけは、小説をもとにしたラジオドラマがあまりにも真に迫っていたため、パニックが起きたというエピソードでも有名な、H.G. ウェルズの『宇宙戦争』です。ローウェルの『火星』の出版の3年後の1898年に発表され、タコのような姿の火星人による地球侵攻が描かれました。火星は重力が小さいため体は柔らかく、薄い大気のせいで呼吸器が発達しているという理屈だったようです。

しかし、現代の我々は火星に文明どころか、生命の痕跡すら見つけていません。火星が赤茶けた砂と岩におおわれ、砂嵐が吹き荒れる死の星であると我々が知ったのは、火星探査機がようやく届くようになったここ50年ほどのことです。この事実を知った直後の人々の驚きと絶望はいかほどであったのか、想像に難くありません。

魔法を使った冒険ファンタジーとは一線を画す、世界最初期のスペースオペラ

ウェルズの小説が文明批評の色合いが濃いのに対し、エドガー・ライス・バローズの作風はまったく異ります。ジョン・カーターは肉体派で、映画では家族との過去を背負っているものの、基本的には前向きな性格でヒーロー役にふさわしいと言えます。
ウェルズの作品が科学的な正確さをドラマの骨組みにするハードSFとすれば、バローズの作品はフロンティアの舞台をアメリカ西部から宇宙に移した活劇、最初期のスペースオペラと言えるでしょう。「ジョン・カーター」は科学的な裏づけの正しさは二の次にして、正義感あふれる主人公が怪物と戦い、美女を救って活躍する姿を心躍らせ楽しむことの出来る作品なのです。

また、この作品には子どもの頃思い描いたような「今このままの姿、能力の自分」が「火星に行くこと」でヒーローになれるというロマンがあります。地球人のジョン・カーターは重力の軽い火星へ行くことで何十メートルもジャンプしたり、鎖をちぎったりすることができるようになります。周りの火星人たちは火星の重力に慣れてしまっているために、そのままの能力のジョン・カーターが、火星では超人になれるのです。

実際には火星は地球の三分の一程度の重力なので、何十メートルものジャンプはさすがに無理でしょうが、100年前のこの物語を読んだ人々は、まだ人類が到達していない異世界での人類の可能性に言い知れぬロマンを感じていたのかもしれません。100年経った今も老若男女問わずロマンを感じさせ続けてくれる作品だと言えるでしょう。

おわりに

原作から100年後の現在、火星への探索は大躍進を遂げています。今年8月6日にはNASAの火星探査車「マーズ・サイエンス・ラボラトリー(キュリオシティ)」が火星に降り立ち、火星から画像を送ってきており、今後の成果が期待されます。私は見逃したのですが、先日テレビでも火星の特集番組があったようで、成果の一部が公開されたようです。

地球人と火星人との交流という夢は、残念ながら100年前の空想で終わってしまいましたが、火星探査は今も続けられています。ジョン・カーターのように軽装というわけにはいかず、宇宙服が必要で、高い崖もひとっ飛びというわけには行きませんが、いつの日にか人類が赤い大地の上に立つ日がきっと来ることでしょう。そんな未来に思いをはせつつ、この記念的作品を読み、映画を観てみてはいかがでしょうか。
では今回はこの辺で。

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