春といえば…やはりサクラでしょう

さくら

こんにちは、シンです。
本日は奇しくもホワイトデー。私もチョコレートを頂いた方にお返しを済ませて一安心しているところです。しかし、毎年毎年、仕事が1年で一番忙しい時にぶつかり、私にとっては迷惑この上ないイベントです。毎年贈る相手もほぼ変わらないので、お返しも似通ったものになりがちで、マンネリに陥っています。そこで今年は品目を今までの1種類から2種類にして(総額はほぼ同じ)ちょっと変化をつけてなんとかしのぎましたが、来年はどうなることやら、早くも悩みのタネではあります。

さて、今回のブログのテーマは、このところブログメンバー共通のテーマでお送りしている、「春といえば…?」です。私で早くも3人目となりますが、私が春と聞いて真っ先に思い浮かぶものと言えば、春の花の代名詞、「サクラ」です。サクラの木の下でのお花見を楽しまれている方も多いとは思いますが、私の「サクラ」に対するイメージはそういった楽しいイメージとはちょっと違います。それは最後に述べるとして、まずは日本人とサクラの関係について見ていくことにしましょう。

1.日本人のサクラ好きの理由について

日本人にとって、「サクラ」が非常に特別な思い入れのある花であることは間違いないでしょう。サクラの名所は日本全国各地に数知れず、サクラをテーマにした歌も枚挙にいとまがないほどです。なぜこれほど日本人はサクラという花が好きなのでしょうか。

そこでまず、なぜサクラが花見の対象となったのかをさかのぼってみると、花見の起源は、奈良時代に中国から伝わってきた梅を貴族が観賞したのが始まりと言われています。その後、平安時代頃から、観賞の対象が梅からサクラへと変わって行きます。それが庶民の間にも広まったのは江戸時代のことで、徳川吉宗が江戸の各地にサクラを植えさせ、庶民の日頃の不満を解消させるために花見を奨励してからと言われているそうです。

しかし、数ある花木の中でなぜサクラが選ばれたのでしょうか。それは、古くから日本人の生活に密接にかかわる植物であったということが大きな理由のようです。科学的な温度観測ができなかった時代には、サクラの開花が農業開始の指標となっていました。また、寒い冬をしのいだ後、一番初めに春を告げるのがサクラの開花ということで、サクラが咲くのを待ちわびる人が多かったことも関係しているようです。

その美しさだけでなく、長い歳月の中で日本の暮らしになじんできた花木だからこそ、こんなにも日本人の心をとらえているということなのでしょう。

2.欧米人から見たサクラと日本人

幕末から明治にかけて日本に滞在した欧米人の多くが、日本人の特徴の一つとして挙げているのが、「貧しい階層ですら芸術や自然を愛している」ことです。
欧米ではそれらを愛するのは富裕層だけなのに、日本はそうではないことに驚きを禁じえなかったようです。

特に日本人の「花好き」は特筆すべきものだったようで、たとえば、植物採集のため幕末の日本を訪れていたイギリス人のロバート・フォーチュンは、『幕末日本探訪記』(三宅馨訳)の中でこう述べています。
「日本人の国民性のいちじるしい特色は、下層階級でもみな生来の花好きであるということだ。…もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人びとは、イギリスの同じ階級の人達に較べると、ずっと優って見える」

フォーチュンは万延元年(1860年)の秋から年末まで1回目の来日を果たし、翌年4月、再来日しました。春に日本に来た時は見事な八重桜などを目にし、「どこの国でも春は美しいが、日本の春は格別だ」と書き記しています。

3.日本人の感受性とサクラ

日本人のサクラ好きは、日本人特有の感受性とも大きく関係しているのかもしれません。
ぱっと咲いて、さっと散って行く。そこに日本人は「もののあわれ」を感じるのだといいます。

日本人は「もののあわれ」、すなわち人間のはかなさや、悠久の自然の中で移ろいゆくものに美を見いだしますが、日本文学者のドナルド・キーン氏によれば、これは日本人独特の感性なのだそうです。

たとえば、日本人は秋の虫の声を聞くと秋の憂愁に心を沈ませます。虫の音を音楽として聴き、そこに「もののあわれ」さえ見い出します。しかし、欧米人にとっては、ごく少数の詩人を除けば、虫の声は「ノイズ」でしかなかったりするのだそうです。虫の音を楽しむというのは、欧米にはもちろん中国や韓国にもないのだそうです。

ある日本の中世文学を専攻するイギリス人が、日本の中世文学を勉強するうえで何が難しいかと問われて、即座に「もののあわれだ」と答えたといいます。
イギリスにもそういう感性はもちろんあるけれども、日本人ほど鋭くないそうで、「もののあわれ」に対応する英語も、それに近い英語も存在しないそうです。

この日本人の感性の鋭さの一例が、サクラの花に対するものとして現れているという見方ができます。サクラは本当に美しく咲くのはたったの3、4日で、あっという間に散ってしまいます。そのたったの3、4日に命をかけて潔く散っていくサクラの花に、日本人は人生を投影し、そこに他の花とは別格の美しさを見出しているのだと。

たとえば、アメリカにもサクラはありますが、アメリカ人にとってサクラは「オー・ワンダフル、ビューティフル」と眺める対象にすぎず、そこにはかない人生を投影する人はまずほとんどないようです。

おわりに

さて、ここまで述べたことで、日本人とサクラがいかに密接な関係があるか、ご納得いただけたかと思いますが、私にとってのサクラのイメージとは、「遠くから見ているだけのはかない憧れの対象」といったところでしょうか。つまり、サクラが咲く時期はちょうど弊社は年度末の真っただ中で大忙し、とてもサクラを愛でるような心の余裕はなく、年度末の嵐が過ぎ去り、ようやく心に余裕ができた頃には、サクラはすでに散ってしまっているというのが、そう感じる理由です。

私が住んでいるところは、市の木がサクラで(市の花はツツジ)、「さくらバス」という巡回バスも運行されているというくらいで、なかなかサクラに縁の深い場所のようです。私の家の近くにもサクラの木がたくさん植えられており、毎年春にはサクラが楽しめる場所がたくさんあります。しかし残念なことに、この時期、私がサクラを見る機会といえば、会社への行き帰りや、休日に買い物等へ行く途中にちらっと見かける程度で、ゆっくりサクラを鑑賞することがかなわないままにサクラの開花の季節は終わってしまい、あとは散ったサクラの花びらを目にするのみです。

別に花見なんて興味ないし、と口に出してみても、何だかそれが単なる強がりに思えてしまうところがサクラに魅入られた日本人の弱みなのでしょうか。

ところで、ある日本の気象情報会社が2010年4月に行った「全国お花見調査」というアンケートで、「日本の春を象徴するサクラ、あなたは好きですか?」という質問に対して、85%が「とても好き」、14%が「まあまあ好き」と回答し、なんと合わせて99%の人が「サクラが好き」と答えているそうです。残りの1%も「どちらでもない」とのことで、この結果からも日本人のサクラ好きがうかがえます。

もうじきお花見の季節になりますが、今年のお花見は、日本人とサクラの長い歴史に思いを馳せながら一献というのも趣があっていいのではないでしょうか。では、今回はこの辺で。

こちらの記事もオススメです

春といえば…やはりサクラでしょう” への1件のコメント

  1. ありがとうございます!!!
    私のクラスで今度『春の花は梅か,桜か?』というのを討論会をするので,とても助かりました!!!!ありがとうございます!!!

コメントを残す

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)