時代小説のススメ

シンです。

大型台風一過、そろそろ梅雨明け間近の季節ですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

さて、今回のテーマは「時代小説のススメ」です。まもなく学生は夏休みに入るようですが、夏休みと言えば宿題で読書感想文を書かされた遠い遠い思い出があります。私は本を読むことは好きだったので、読書感想文を苦にした記憶はありません。

しかし、私の高校時代の友人で、読書感想文には毎年、志賀直哉の『小僧の神様』を「使い回しで」提出していたという猛者がいたことを覚えています。この友人がなぜそうしていたのか、読書そのものが嫌いだったのか、それとも感想文を書くことが苦手だったからなのか、残念ながら聞き忘れたので今となってはわかりませんが、もし前者であるなら実に惜しいことです。読書は様々な趣味の中で、もっとも手軽で、お金もあまりかからず、ためになる趣味だと思うからです。

ちょっと前置きが長くなりましたが、その読書の様々なジャンルの中で、今回は「時代小説」を取り上げることにします。

1.なぜ時代小説をススメるのか

時代小説というと、とかく若い人には「年寄り向き」と敬遠される傾向がありますが、慌ただしい現代の喧噪(けんそう)から逃れ、ひととき古き良き時代に思いをはせる、と言うと大げさですが、気分転換にはもってこいの読み物であることは間違いありません。

私が大分前にオススメの本として紹介したことのある、岡本綺堂の『半七捕物帳』シリーズも時代小説の一つですし、市川雷蔵主演で有名な『眠狂四郎(ねむりきょうしろう)』シリーズの柴田錬三郎の原作も何作か面白く読んだことがあります。また、藤沢周平の作品はその数多くが映画化やドラマ化されているので、原作を読んだことがなくても、映像化された作品を見たことがあるという人も多いことでしょう。

私が今読んでいて、今回、数ある時代小説の中で特にオススメするのは、佐伯泰英氏による『居眠り磐音 江戸双紙』(いねむりいわね えどぞうし)というシリーズで、双葉文庫より書き下ろしで刊行中です。今月の11日に最新刊第46巻が発売されたばかりです。

この作品も、『陽炎の辻 居眠り磐音 江戸双紙』と題して、2007年から2008年にかけてテレビで連続ドラマが放映されたので、ご覧になった方もいらっしゃるかも知れません。私は幸か不幸か、その当時はまだこの時代小説を知らず、特に興味がなかったのでこの番組は見ていないのですが、先に小説から入った者としては、何となく原作のイメージが壊される気がして、今さら映像化作品を見ようという気もあまりしないのも事実です。

2.人気時代小説作家、佐伯泰英氏が生まれた出版界の背景

『居眠り磐音 江戸双紙』の作者で、今や書店の時代小説の一角を占めるほどの人気作家である佐伯泰英氏はちょっと変わった経歴の時代小説作家です。というのも、氏は最初から時代小説作家だったわけではなく、元々はスペインもの(闘牛士などを題材とする)を中心とした写真集、ノンフィクション、小説を手がけていたそうです。それが90年代以降の先の見えない出版不況の到来で、懇意にしていたある出版社の編集者から以降このジャンルの出版ができない旨の通告を受け、時代小説作家への転向を決意したということです。

最近は時代小説に限らず、文庫書き下ろし、つまりハードカバーによる出版を経ずにいきなり文庫版で出版されるケースは珍しくもありませんが、90年代末、氏の最初の時代小説(これは居眠り磐音 江戸双紙シリーズではありませんでした)は出版不況の苦肉の策として中小出版社が始めた、当時としては新しいこの方法で出版されました。

それまでの出版界の常識として、小説は、まず雑誌に掲載され、その後ハードカバーで出版され、数年後に人気や売れ行きを勘案して文庫化されるというのが一般的な販売方式でした。つまり、文庫化されるということはその作品がスタンダードと認められたという名誉あることだったわけです。この販売方式はまた、出版社にとっても、作家にとっても、3度ビジネスチャンスがある、いわば「一粒で三度おいしい」しくみでした。

しかし、出版不況の時代に入り、本が売れなくなると、この仕組みは逆に出版社にとって足かせとなります。よほどの人気作家でもない限り、高価なハードカバーの本が大量に売れ残って在庫になりかねず、出版社はこういったリスクを避けるために、ハードカバーの利を捨て、最初からリスクの低い安価な文庫本として出版することを選択するようになりました。いわばハイリスク、ハイリターンからローリスク、ローリターンへの転換と言えるでしょう。

いずれにせよ、佐伯泰英氏が人気時代小説家となったのは、不謹慎な言い方ですが、出版不況のおかげ、もっと言えば以降の出版お断りの通告をした編集者が帰り際につぶやいた「佐伯さんに残されたのは官能小説か時代小説だよな」という一言によると言えるのかも知れません。佐伯氏はその編集者を恩人であり、再生の神様であるとして大いに感謝しているそうです。 (以上『「居眠り磐音 江戸双紙」読本』(双葉文庫刊)を参考にさせていただきました。)

3.『居眠り磐音 江戸双紙』シリーズの特徴

時代小説のシリーズものについては、各エピソードがほぼ一話完結で独立している形式のものと、各エピソードが緊密に連携している形式の2種類があると思います。 前者で私が知っている典型的な作品が柴田錬三郎の『眠狂四郎』シリーズで、どのエピソードから読んでも、各話がほぼ完結しているのであまり差し支えがないという意味で、中古本などで巻を前後バラバラに入手しても、入手した端から読めるということで、気軽に読めるという利点があります。

これに対して『居眠り磐音 江戸双紙』シリーズは、各エピソードの連携が非常に緊密で、古本などで巻が不揃いのものを入手し、その順に読むというのにはあまり適さない形式だと言えるかもしれません。しかし、作者もその辺のことを心得ているのか、重要な過去の出来事については、きちんと順を追って読んでいる読者にとっては重複して回りくどくなることを承知の上で、出てくるごとに前後関係が分かるように丁寧に説明しています。私は本はもっぱら中古本で手に入れて読むことにしているのですが、この配慮のおかげで、多少前後の巻が入手できずに抜けていても、あまりエピソード前後の分断を感じることなく読み進めることができました。

さらに、この作者の発案なのか、出版社の発案なのか不明ですが、通常の作品以外に、ある程度巻が進んだところで総集編的な巻があり、これには番外の読み切り作品や用語解説、さらにはそれまでに刊行された各巻のストーリーやできごとのあらましが簡潔にまとめられた「年表」というものがついています。これを読むことによって巻をとびとびに読んだとしてもあとでこれを見直すとストーリーがちゃんとつながるという意味で非常に有益なものです。これまでに2冊刊行され第1巻から第37巻までの年表が作られています。

また、坂崎磐音というこのシリーズの主人公についても、これまでの時代小説の主人公とはちょっと違った特徴があります。これまでの時代小説で、剣の達人というと、どんなイメージがあったでしょうか。極端な例で言えば眠狂四郎のような円月殺法という「魔剣」を使う全身から死相を漂わせている痩身の侍のイメージや、それほどでなくても、ひとたび剣を構えると、殺気を全面に漂わせ、いかにも隙がなく強そうだという感じのキャラクターがほとんどではなかったでしょうか。

しかし、坂崎磐音の普段の挙動はいたってのんびりした感じで、真剣勝負の際ですらも「居眠り剣法」という「年寄り猫がひなたぼっこしているような様」と比喩されるような至ってのんびりした雰囲気の構えのため、つい相手が油断して組みやすしと打ち掛かってしまって逆に負けてしまうという、これまでにないタイプの剣の達人という設定です。

おまけに、食べるものを前にするとまるで赤子のように無心に食べ、周りで何が起きようといっこう気にしないという癖まであります。元々、地方の小藩の要職である中老職の坂崎正睦(まさよし)の嫡男であり、そのまま順調に人生を送っていれば平穏な人生を歩んでいたはずと思われましたが、藩内の派閥争いに巻き込まれ、脱藩して江戸に出てきて以来、まさに波瀾万丈の人生を送ることになるのです。しかし、持ち前の人柄の良さで周りに大勢の協力者や親友が出来、物語には実に大勢のキャラクターが登場します。この点、眠狂四郎のような他人を寄せ付けない一匹狼的な生き方とは正反対と言えるでしょう。

おわりに

本の紹介というのは難しいものです。ストーリーをあまり細かに説明してしまうと、ネタバレになり、新たに読む人の意欲をそいでしまうことにつながるからです。そこで今回の記事ではストーリーについてはあまりふれませんでした。とにかく、読み始めると、止まらなくなること請け合いなので、その覚悟のある方はぜひ挑戦してみてください。

なお、本当は新刊で買いそろえて頭から順番に読むのが一番ストレスはたまらないのですが、なるべく安くそろえたいと思う向きには、B○○K ○FFなどの中古本の108円のコーナーを探して店頭で入手するのが一番安上がりだと思います。コミックなどは、オンラインの古書店でまとめて購入する方が安上がりな場合が多いのですが、こと時代小説に関しては、なかなか100円台という値段のものをネット上で見かけません。どうやら読者の年齢層をかんがみて高目の値付けがされているようです。では今回はこの辺で。

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時代小説のススメ” への1件のコメント

  1. 私は祖父が読書家とゆうこともあり、小さい頃から子守唄は祖父が音読する各本でした。
    自分の人生を歩む上で「読書」というカテゴリーは途中霧消した時期もありますが、家系なのか特に時代小説を好む傾向があり、二十代後半から戦国時代や時に幕末の激動小説を読むようになりました。
    なんとよお呼びしたらよいのか、亀様は私などより本に対する造詣が寸断に高いお人とは知り上げますが、どうしてもコメントを残したく文を書いております。
    それは、長くなりましたが、居眠り磐音 江戸双紙に関しまして、亀様のご意見が私が読んできて感じてきた思いと似ていたからです。
    時に和ませ、時に熱くなり、そしてその全てが現代では知りえない江戸の暮らし振りの中で行われている事に深く感銘を受け、また次巻を欲している次第いるのです。

    私は現在ゆっくりと読んでいるため、まだ29巻の途中でありますが、これまで大小様々な事柄が起きてはいますが、安寧な暮らしぶりが大きく崩れるのではないかと推察しながらの熟読しております。

    誠に長くなりましたが、小説を読むとゆう豊かな時を知ってもらいたいと言う友人の父から借りたこの居眠り磐音を読み、絶対に心が豊になったことは間違いありません。

    活字をこれからも読み続けようと亀様の思いにて再確認した三条の景虎でした。

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