芸術の秋ということで再び著作権について

そろそろ新メンバーとして一部の方には認識していただいているようで、大変喜んでおりますハンカーです。

というのも前回、個人的に書いているブログへのリンクをちゃっかり張らせていただいたのですが、以前から使っているGoogle Analyticsで簡単に調べてみたところ、普段よりかなり多めのアクセスが続いたようなんです(今回もちゃっかりリンク張らせていただいてます)。今回たまたま個人的に書いている方のブログは更新をサボっていたところだったのでせっかく来ていただいた方には申し訳ない限りです。

さて、タイトルの通り、芸術の秋ということで著作権について再び考えてみました。特に、理想的な著作権制度というのはどのようなものかについての考察です。

僕自身、なかなか作品を完成させることは苦手ではありますが、音楽が好きで作曲などをしたこともあり、ブログなども書いている著作者の一人として自分の望む権利について自分の感覚というものを持っています。それがたくさんの著作者の意見を代表するものであるかどうかは、ちゃんと検証していないので断言はできませんが、多分多くの著作者の方が同じ感覚を持っているのではないかと思っています。

その感覚とはズバリ、「自分の作品が自分が指定した以外の形で世の中に広まらないこと」より「自分の作品がどんな形であれ、世の中に広まり、もし気に入ってもらえたらそれに見合う対価を支払ってもらうこと」を強く望んでいる、ということです。

ところが現在の著作権法や、著作権をめぐる動きは、前者の「指定した以外の形で広まらない」権利を守る方向に傾きすぎている気がしてなりません。もちろん自分の創作した作品に愛着があって勝手にそれを変えた表現をして欲しくない、という感覚も、守られるべき大切なものであるとは思います。しかし現実にこの権利は「指定した方法以外の形で広まらないことで得られる利益が大幅に増す、ごく一部の大手事業者」の利権を確保するための道具として使われている気がするのです。

昔のテレビの時代のように、ごく一部の「みんなが知っている国民的ヒットコンテンツ」に人気が集中することを良しとする価値観を、一概に否定するわけではありません。それはそれで良いことがあることも知っています。ですが、僕がインターネットの時代の価値観に偏っていることを差し引いても、多くの表現者が望んでいるであろう「対価を支払ってもらう権利」は現在あまりにも実現されていない感は否めません。

それを実現しようと色々模索した結果の一つが、このブログの前回のぼくのエントリでも紹介したGiAnTa BBSです(前回はまともに見ていただける状態でなくすみません、今回は一応SSL証明書を修正しました)。この方式が全ての問題を解決するとは思っていませんし、この方式に従ってリアルマネーを動かすことには別の問題があることも否定できません。ただ、これを含めて、より良い制度を色々模索してみるのは、良いことなのではないでしょうか。

それでは今回はこの辺で失礼します。

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