ディープ広島 -けん玉と広島の関係-

シンです。3月も半分以上過ぎ、気温も高い日が多くなりましたが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。弊社はといえば一年で一番忙しい年度末の真っ只中で、毎日のように忙しい日が続いています。そんな中でブログの記事を書くのはなかなか時間的に厳しいものがあります。しかも今月はテーマ月で「ディープ広島」というテーマになっています。

そもそも、「ディープ○○○」とは一体誰が言い始めたのか私は知りませんが、要するにありきたりな話題ではなく、どちらかと言えば重箱の隅をつつく位の地元の人にしか分からないような話題の方がいいということなのだと私は理解しています。

悩みに悩んだ末、広島というけれど、広島県内に関連する話題なら許されるであろうと考え、「けん玉」を取り上げることにしました。けん玉と広島の関係について、しばらくおつきあいのほどを。

1.けん玉と広島の関係

ワイングラスと毛糸玉、シカの角と木製の玉など2つのものを糸または紐で結び、一方を引き上げまたは振り、もう一方に乗せる・穴を突起物にはめるような玩具は昔から世界中に存在するようです。中でもフランスのビルボケ(仏: bilboquet)は16世紀頃から子どものみならず貴族や上流階級の人々にも広く浸透し、国王アンリ3世も愛好したという記録も残っており、このためビルボケがけん玉のルーツというのが一般的な説となっているようです。ビルボケやメキシコのバレロ(西: balero)などは現在も販売されており、イギリスではカップ&ボール(英: cup-and-ball)と呼ばれるけん玉に似ている遊具があるそうです。(以上『オンライン百科事典ウィキペディア』による。)

けん玉が日本に紹介されたのは江戸時代といわれ、1830年に喜多村信節が著した『喜遊笑覧(きゆうしょうらん)』に「安永六七年の頃拳玉と云もの出來たり」とあるのが知られており、当初は酒席の遊びであったと考えられています。

明治時代になり、文部省(現在の文部科学省)発行の児童教育解説『童女筌』(どうじょせん、1876年)にて「盃及び玉」として紹介されてから子どもの遊びへと変化して行き、やがて大正時代に入り、1918(大正7)年8月、広島県呉市の江草濱次氏が現在のようなけん玉を考案したそうです。玉が太陽、皿が月を連想させることから「日月ボール」と名付けられ、生産地を木工業が盛んな広島県廿日市市に選んだことから広島県廿日市市がけん玉発祥の地とされ、実際、廿日市市役所の近くにはけん玉発祥の地を記念する碑が建っているそうです。

実は廿日市市は私が住んでいる地元なのですが、最近、廿日市市の広報を見てそのことを初めて知り、まさに「灯台下暗し」状態の私でした。

2.私のけん玉の思い出

日本でのけん玉の大流行は1907年、1924年、1933年とされ、1977年は「けん玉ルネッサンス」といわれる爆発的な大流行となったそうです。この流行には、皿胴に糸を出す穴を開けるなど合理的な設計がされた競技用けん玉が普及したことが影響していると言われます。

私が子どもの頃の記憶を振り返って見ると、1977年といえば私がまだ9歳頃で、確かにその頃家にけん玉がありました。柄が黄色、皿の部分が緑、玉が赤に着色された木製であったことまで覚えています。元々は玉と皿はひもで結ばれていたはずですが、恐らくけん玉が得意だった父が邪魔になるからという理由でひもを外してしまったため、けん玉初心者の私は最初からけん玉に対する敷居が高くなったせいか、ついぞけん玉の技術が上達することもなく、やがて飽きて忘れ去ってしまったような思い出があります。そんなわけで、私はけん玉は全くできないまま今に至っています。

ところが、最近保育園の卒業文集をオンデマンド出力する仕事があり、その内容を見たところ、保育園の授業の中にけん玉の時間があり(何とけん玉八段の名人が講師として招かれているらしいです。)、卒業する園児のメッセージの「すきなこと・とくいなこと」という欄に「けん玉」が挙げられているのが目立つのを見て、私が子どもの頃とはずいぶん違うなと感慨深く思ったものです。けん玉は集中力を高める効果があると言われているようで、このように最近では保育園や学校などでも取り入れているところが多いようです。

このようなけん玉を見直す動きのきっかけは、2010年頃、米国の若者が日本から持ち帰ったけん玉をヒップホップ系の音楽に合わせて様々な技を披露する様子を動画サイトに投稿したことにより“KENDAMA”が新たなストリートパフォーマンスとして海外で急速に認知され、それに伴って国内でもけん玉を見直す動きが出てきたためではないかと思われます。

3.廿日市市でけん玉ワールドカップが開催された模様

ところで、けん玉のことをネットで調べているうちに、次のような報道関係者向けの資料を見つけました。(以下その資料よりの抜粋)

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けん玉発祥の地、広島県廿日市で「けん玉ワールドカップ」を開催!
世界10か国からトッププレーヤーが集結し、Kendama世界No.1を決定!!

けん玉ワールドカップ実行委員会(委員長;一般社団法人はつかいち観光協会 代表理事会長 塩田 ひとし)は、一般社団法人グローバルけん玉ネットワークと共同で、けん玉発祥の地である広島県廿日市市にてKendama World Cup Hatsukaichi 2014を7月12日(土)~13日(日)の2日間で開催いたします。
日本初となる賞金(30万円)と豪華トロフィーをかけ、世界10か国以上からトッププレーヤーが集結。Kendamaの初代ワールドチャンピオンを決定します!

<Kendama World Cup Hatsukaichi 2014 実施概要>

【名称】Kendama World Cup Hatsukaichi 2014 (日本語表記:けん玉ワールドカップ廿日市2014)

【場所】(競技)廿日市市総合健康福祉センター(あいプラザ)広島県廿日市市新宮1丁目13番1号
(イベント)新宮中央公園(けん玉公園)広島県廿日市市新宮1丁目
【日時】7月12日(土)イベント/けん玉公園11:00~17:00 競技/あいプラザ13:00~17:00
7月13日(日)イベント/けん玉公園10:00~17:00 競技/あいプラザ10:00~17:00

(中略)

【参加者】中学生(13歳)以上のけん玉プレーヤー(国籍・性別不問)
・参加者数・・・日本を含め11の国と地域より約 100名(来場者は、二日間で1000名以上見込)

【選手村】
メイン施設:宮浜温泉グランドホテル(http://www.miyahama.com/ 他宮浜温泉内2施設

<内容>

◆競技
7月12日(土)予選、13日(日)決勝を実施。

競技方式

◆予選
難易度別にレベル1~10までに分けした技リスト(10種類×レベル1~10=100個の技がある)から、任意の技を5つ選択し、制限時間(180秒)内での獲得合計ポイントを競う。ポイント=成功した技の難易度レベル
審査は競技者同士で実施(3人一組)となり、1人につき2回実施(一回目に選択した技は選べない)
2回の合計得点(満点は100点)を元に決勝ラウンド進出者を決定する
決勝ラウンドへの進出者は予選上位16名と国・地域別特別枠4名の計20名

◆決勝
1名ずつステージ上にて実施
技の数の上限はなく、制限時間(180秒)内での獲得合計ポイントを競う(同一の技は一度のみ)
ポイント=成功した技の難易度レベルの二乗
※レベル4の技なら16ポイント、レベル8の技なら64ポイントと計算する
審判による審査を実施、ビデオ判定も導入する

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これはイベントが行われる前の資料なので、実際のイベントの結果がどうであったかというのは想像するしかありませんが、なかなか本格的なイベントだったようです。地元の住人としてこのことをイベントがとっくに終わった後にこのような形で知るとは、何とも恥ずかしい気がしました。

おわりに

しかし、本当のところ、私はこのイベント以上に、この資料に出てくる「新宮中央公園(けん玉公園)」というのが気になりました。いかにもけん玉のオブジェがあってもおかしくないような名前の公園ではありませんか。ちらっとネットで検索して写真を見ると、確かにけん玉のオブジェっぽいものが写っています。実は最近、中古のミラーレス一眼のカメラを手に入れ、何かこのカメラで撮るものはないかと探しているところなのです。地理的にも家からそう遠くでもなさそうなので、年度末が終わって時間が取れるようになったら(残念ながらその頃には桜の季節は終わっているでしょうが)行ってみようかと思っている次第です。

何だかとりとめのない内容になってしまいましたが、みなさんの周りにも、実は身近なところにディープな地元の話題が転がっているかも知れません。ぜひ探してみてはいかがでしょうか。では今回はこの辺で。

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